中東と米国の海洋大国
米国の海上戦力構想の生みの親であるアルフレッド・セイヤー・マハン提督は、世界中で安全な海上輸送を確保し、敵が米国の国境に近づくのを防ぐために、強力な海軍を創設することを主張しました。しかし20世紀、特に第二次世界大戦後の状況の変化に伴い、ワシントンは各地域に軍事基地を恒久的に配備し、これを通じて他国を制圧する方針を取るようになりました。
米海軍の力はその武力行使や威嚇の能力に基づいていますが、米国にとって海軍は外交や警察的機能も果たしており、これを遂行するために海兵隊-水陸両用攻撃部隊-沿岸警備隊を定期的に動員しています。
これらの3つの海軍サービスは相互に関連する能力を持ち、それが米国の海上戦力を構成しているとされています。
米海軍のドクトリンによれば、この海上戦力は以下の要素を通じて実現されます:
前方展開:海軍は、米国が戦略的利益を有するさまざまな地域に展開します。
抑止力:敵対国が米国やその同盟国、パートナーに対して行動するのを阻止します。例えば、米海軍の弾道ミサイル潜水艦は核三極体制の一翼を担っており、特に潜在的な核紛争において信頼性のある脅威を提供するため、その隠密性と持続的な能力が評価されています。
制海権:制海権の確保は、海上交通の保護、軍事輸送(貨物船を使って軍事資産を展開することを含む)、封鎖など、他の目的を達成するために必要な行動の自由を提供します。
戦力投射:米海軍は、弾道ミサイル攻撃や水陸両用攻撃など、陸上目標に対する脅威や攻撃を長期間にわたって行うことができます。
海上安全保障:世界貿易の約90%が海上輸送に依存している中、米海軍はこれを保護し、海上の秩序を維持します。これには、海賊対策、麻薬取締り、環境保護、その他の法執行措置が含まれます。
人道援助:米海軍は、自然災害や人災に対して医療、食料、後方支援、安全確保などの支援を行います。例えば、米軍はガザ地区沖に大きな桟橋を建設し、貨物船が同地区への人道援助物資を積み下ろしできるようにしました。
これらの最後の二つの要素は、外交および対外政策において広く応用されており、米国の海上戦力の形成当初から、多くの国に対する米国の軍事的および政治的行動を組み合わせた「砲艦外交」という概念が存在していました。しかし、現在ではワシントンがこのアプローチを新たな段階に引き上げ、民生と軍事の目標や任務を融合させることで新たな戦略を展開しています。
米海軍ドクトリンでは、「国家安全保障を強化するための海軍、海兵隊、沿岸警備隊の主要な行動対して協力と相互の能力構築を促進し、世界中で集団的認識を高め、海洋領域における脅威に対して包括的かつ効果的な対応策を提供することが含まれる」とされています。グローバル・マリタイム・パートナーシップは、米国政府が国際的な海洋パートナーとの協力関係を奨励し、維持するための包括的な枠組みです。海軍、海兵隊、沿岸警備隊は、他の米軍、米国政府機関、非政府組織、民間企業、産業界と共に、自主的、非公式かつ拘束力のない形で、航行の自由、貿易の安全保障、テロの抑止、海洋資源の保護など、共通の海洋問題に取り組んでいます[i]。
米海軍に於いては合計34万人が従事し、さらに予備役が9万4千人、米海軍と直接関係のある仕事をしている民間人が22万1千人います。
2024年8月6日付の米議会への報告書[ii]によると、米海軍は296隻の艦船を保有しており、そのうち12隻の空母、31隻の水陸両用揚陸艦、15隻の巡洋艦、73隻の駆逐艦、23隻のフリゲート艦、66隻の潜水艦(そのうち12隻は弾道ミサイルを装備)が主な打撃力を構成しています。
国防総省の計画では、艦隊の規模を381隻に拡大する予定であり、その中には2030年代に建造される31隻の大型水陸両用強襲揚陸艦が含まれています。また、海軍は2045年までに150隻の無人艦船を追加する計画で、これにより「ハイブリッド戦力」を創設し、つまり水面上と水面下のドローンを運用することを目指しています。ウクライナ軍が黒海でこれらの手段を使用していることを考慮すると、これらの無人機が配備されれば、一定のエスカレーション効果があるかもしれません。しかし、当初は無人機が偵察や調査目的で使用される可能性が高いです。
米海軍の近代化決定には、中国の海軍発展の成功が影響を与えています。しかし、国防総省とホワイトハウスは、特にロシアで出現した超音速兵器の存在も考慮しています。この兵器はロシアがウクライナにおける特別軍事作戦で、実際に使用したものです。
米国は中国沿岸での存在感を強化していますが、同国の海上戦力が最も顕著に発揮されているのは中東地域です。米海軍中央司令部と第5艦隊はバーレーンにあり、ペルシャ湾、オマーン湾、北アラビア海、アデン湾、紅海を含む約250万平方マイルの海域を管轄しています。米海軍中央司令部の使命は、第5艦隊の作戦海域において、安全と安定を確保するために、海上安全保障作戦を実施し、軍事作戦の安全保障で協力し、パートナー諸国の海上能力を強化することです[iv]。
1949年に米国に海軍中東特別部隊が設立され、1971年にはバーレーンに米海軍基地が配備されました。
カタールには、米中央軍の地域司令部が置かれています。
現在中東には数千人の米軍兵士が駐留しており、さらに数千人がこの地域の艦船に勤務していますが、その数は変動しています。米国は、バーレーン、エジプト、イラク、イスラエル、ヨルダン、クウェート、カタール、サウジアラビア、シリア、アラブ首長国連邦を含む少なくとも19カ所に軍事施設を持っています。これらのうち8カ所は、多くの地域専門家にとって恒久的なものとみなされています。また、米軍はジブチやトルコにも大規模な基地を利用しており、これらは他の地域司令部の一部ですが、中東での米軍の作戦にも大きく寄与しています【v】。
全てのホスト国は米国と基地協定を結んでいますが、シリアだけは例外で、米軍は実際に基地を設置している二つの地域を占領しています。
8月上旬の時点では空母打撃群や水陸両用強襲群など、複数の大規模な艦船編隊がこの地域で活動していました。
通常空母打撃群には空母1隻、巡洋艦1隻、攻撃型潜水艦1隻、駆逐艦4~6隻、必要な弾薬や装備を搭載した補給艦1隻が含まれます。これらのグループには約7,500人の人員が所属し、空母には少なくとも40機の攻撃型戦闘機を含む75機の航空機が搭載されています。したがって、米国の海軍力には、航空優位性を持ち、遠距離にわたる攻撃力を迅速に投射する手段が含まれているといえます。
例年、米国はイランを抑止するためにペルシャ湾に艦船を駐留させていましたが、アフリカの角地域での海賊対策も一因となっていました。今年は、イスラエルによるパレスチナ人への攻撃や、アラブ海のアデン湾および紅海のホルムズ海峡を支配するフーシ派による攻撃によって引き起こされた地域の緊張により、その存在感が大幅に強化されています。一方で、米国が昨年末に結成した20カ国の連合軍による「繁栄の守護者」作戦は、何の成果も上げませんでした【vi】。
アラブ諸国の中で、この作戦に参加したのはバーレーンだけで、これはおそらく、バーレーンが米国の第5艦隊を受け入れているためです。
フーシ派はイスラエルや紅海のさまざまな船舶に対して、ミサイルや無人機による攻撃を定期的に続けています。
ホワイトハウス、米国務省、国防総省の教義文書ではイランが脅威と位置付けられており、イラン・イスラム共和国に関連する勢力はすべて、米国の潜在的な敵として指定されています。少なくとも6カ国が潜在的に危険とされており、これらの国々には宗教的なつながり(シーア派)やテヘランからの支援のために、何らかの形でイランを指向するグループや運動が存在しています。イラクには少なくとも5つのグループがあり、数万人のメンバーを擁しています。これらはカタイブ・ヒズボラ、バドル組織、アサイブ・アール・ハク、ハラカト・ヒズボラ・アル・ヌジャバ、カタイブ・サイイド・アル・シュハダであり、合計で10万人以上です。ヒズボラはレバノンで約4万5千人の戦闘員を擁しています。パレスチナではハマス(約3万人)とパレスチナ・イスラム聖戦(推定1千人から1万5千人)が活動しています。シリアにはファテミユーン旅団、ザイナビユーン旅団、バキール旅団、クワト・アル・リダ旅団(約2万人)が存在します。バーレーンのアル・アシュタール旅団についてのデータはありませんが、武装地下組織の存在や米海軍兵士に対する作戦計画を否定することはできません。
アメリカの専門家によればこれらの集団のほとんどは、米軍基地やアメリカおよびイスラエルと関連のある船舶に対して、定期的に攻撃を行っているとされています【vii】。
このような現実の脅威や想定される脅威を考慮すると、米国はこの地域での海軍プレゼンスを強化する可能性が高いといえます。
加えて、グローバルな位置づけという観点から見ると、中東はNATOの支配下にある地中海地域と有機的に結びついており、アメリカも同地域に軍事基地を持っています。米第6艦隊はナポリに拠点を置いているため、この方面から北アフリカが脅威にさらされる可能性があります(2011年のNATOによるリビア作戦時と同様に)。また、米国とその同盟国にとっては、レバノン、シリア、パレスチナに対して敵対的な勢力が存在するレバント全域も同様に脅威となり得ます。
一方、広大なインド太平洋地域は中東に隣接しており、自由で開かれたインド太平洋地域(FOIP)という概念が適用されています。
FOIPは、ワシントンの抑止戦略を通じて米国のパートナーとの交流を活性化させるだけでなく、中国の「一帯一路」戦略に対抗する概念的アプローチとして、東南アジアの経済発展と投資促進の重要性をオーストラリアやヨーロッパに認識させています。
現在、このコンセプトはインド太平洋地域の、安全保障問題に対処するためのパートナーや同盟国のネットワークを拡大するための、枠組みとしても捉えられており、米国が負担している責任の一部を他国に移転するための手段として機能しています【viii】。
したがって、米国による中東の軍事化の進行は、いずれにせよユーラシア全体の安全保障に影響を及ぼすことになり、その中でも特に南部の海洋地帯に対して顕著な効果が現れると言えます。
翻訳:林田一博
ーーー注釈
[i] https://dnnlgwick.blob.core.windows.net
[ii] https://sgp.fas.org/
[iii] https://crsreports.congress.gov/
[iv] https://www.cusnc.navy.mil/
[vii] https://www.washingtoninstitute.org/
[viii] https://www.hudson.org/