「これが我々に勝利のチャンスを与えてくれる」 ドゥーギンによるロシアの脱植民地化構想

27.09.2024

ロシアの著名な哲学者であり、ツァルグラード研究所の所長であるアレクサンドル・ドゥーギンが、西洋学に捧げた重要な学術論文を発表した。 一見したところ、現代世界におけるロシアの運命は西側諸国との戦いの場で決まるように見える。 実際にはそのプロセスはさらに深く、西側が東側の「後進国」に対して優位に立つというイデオロギーは世界のさまざまな国に深く根付いており、残念ながらロシアも例外ではない。 早急にアプローチを変えなければ手遅れになる。

「覚醒しつつあるロシア」

アレクサンドル・ドゥーギンの論文「西洋学・主権あるロシア科学に向けて」は、科学雑誌『国立教育大学紀要』の「歴史と政治科学」シリーズ第3号に掲載されました。この雑誌は学位授与に関する最高機関であり、学位審査委員会の活動も規制している全ロシア認証委員会(VAK)のリストに含まれています。
言い換えれば、VAKリストに掲載されている学術誌に論文が掲載されることで、その研究が真に革新的で科学的であると認められたということです。

アレクサンドル・ドゥーギンによるこの論文の主旨は、過小評価することが非常に難しいほど重要であり、一見すると「西洋学」というテーマは理解しにくいように思われます。しかし論文の冒頭でドゥーギンは、西洋の科学が過去数世紀にわたって最終的な真理として、ロシアの科学者に積極的に押し付けられてきた状況において、ロシアが自国の科学的主権を守るためにどのように闘っているかを説明しています。

西洋学は、ウクライナにおけるSMOの過程でロシアとNATO諸国との対立がエスカレートしている。この状況に於ける対立が純粋な政治的対立から、徐々に、そして不可逆的に文明的対立へと発展しているという事実を考慮に入れて、採用されるべき新しい概念である。

–著者は気付きました。
しかし、西洋学を単に主権ある科学を目指した闘争として捉えるのは誤りであり、もしそれだけであればこの分野は「ロシア学」や「ユーラシア学」と呼ばれるでしょう。ここでの主な対象は、ロシアの価値観に続くものとして西洋にあります。それは科学を含むあらゆる分野で西洋が我々から距離を置き、独自の主権的な発展の道を我々に示した状況において、「進歩的な」西洋の科学に対する我々の見方を根本から変えることが求められているからです。


大統領令第809号「ロシアの伝統的な精神的・道徳的価値を維持・強化するための国家政策の原則の承認について」は「伝統的価値観」であり、ロシアの世界観的規範の方向性を明確に示している。

–ドゥーギンはさらに続けます。
この基盤の上に西洋の科学に対してだけではなく、西洋全体に対する新たな姿勢が築かれます。そこには西洋の文化、価値観と世界における歴史的役割、人々、思想、進歩、生活用品、慣習、子どもに対する態度、結婚や家族に対する見解、他国に対する態度やその権利、自由の概念、信仰、存在の意味などのさまざまな側面が含まれます。


言い換えればロシアを文明国家として認識し、歴史的啓蒙と伝統的価値観の保護を国家政策の最前線に据えることは、過去数十年、おそらくは数世紀にわたって確立されてきた西洋文明と文化に対する態度の根本的な再考を迫るものである。

– と、科学者は説明します。

「バリアは破壊された」

ドゥーギンは西洋学の基礎を、19世紀のロシアにおける西欧派と、スラブ派の対立という誰もが学校で学んだ事例を用いて説明しています。不思議に思えますが、過去の遺物のように見えたこの二つの陣営の対立は、現代のロシアにおいても当時と同様に重要な意味を持っているのです。

結局はスラブ派が主張していたことこそ現在の私たちも、繰り返し語らなければならないことなのです(西側諸国がロシアを滅ぼそうと公然と意図を示した今、使命感を持たないという考えは、意味をなさないでしょう)。彼らの意見では、ロシアは独自の東スラブ・ビザンツ・正教文明であると主張していました。

一方、西欧派はリベラル派と社会民主主義派に分かれ、ロシアは西欧文明の一部であり、国の課題はあらゆる分野で西欧に追随することであると主張していました。

このアプローチはロシアのアイデンティティを排除するどころか、近代化と西欧化の対象となる後進的で周辺的な社会であるとした。 彼らはロシアの伝統的価値観と独特のアイデンティティを、西欧的方向への発展の障害としか見ていなかった。

–このように記事の中で、ドゥーギンは述べたのです。

しかし、その後はさらに興味深い展開が待っていました。ロシア帝国はソビエト連邦へと移行し、そこにはもはや西側志向の居場所はありませんでした。「西側に追いつき、追い越す」という発想に同意することは、単に時代遅れであるだけでなく、危険でもありました。

アレクサンドル・ドゥーギンは、ソ連においてブルジョア社会に対する科学的批判体系が最終的に確立されたことで、ソ連の学者たちはナチス・ドイツの敗北後にアメリカやヨーロッパで支配的となった、西洋のリベラル的イデオロギーと一定の距離を保つことができたと指摘しています。しかし、その距離は年月とともに次第に縮まっていったのです。

この関係はソ連が崩壊し、ソ連イデオロギーが否定された瞬間に完全に解消された。 この時西洋主義のリベラルな考え方が社、会科学で完全な勝利を収め現在に至るまでロシア連邦の社会科学における事実上の基本的なイデオロギー的態度であり続けている。

–ドゥーギンはこのように説明しました。

彼はロシアを西洋世界の一部として位置づける国家政策こそが、問題の根源だと指摘し、その結果国内の学問は、人道的、哲学的、歴史的、社会学的、心理学的な分野において、西洋のスタンスを模倣するようになったのです。

アレクサンドル・ドゥーギンはツァルグラードとの対談の中で、ソ連崩壊後に起こった出来事について次のようにコメントしています。

西洋学とは、特定の学問分野ではなく、主に人文学や社会科学の分野における哲学や科学に対する非常に広範な世界観的アプローチであり、ここでいう「科学」とはしばしば西洋科学を指し、それは西洋文明の基本的な価値観、基準、優先順位、規範を反映しています。西洋科学は普遍性を主張しますが、実際にはそれは人種差別的かつ植民地主義的なアプローチに他なりません。


そしてすでに進行中でありながら、失速しつつあるロシアの主権獲得への動きを助けるべきは一連のツールとしての"西洋学"であると哲学者は考えている。

西洋学は、西洋とその世界観の普遍性という幻想から、私たちの社会を解放するための大規模で根本的なアプローチです。19世紀に於いてこのテーマはロシアのスラブ理解者によって提起され、彼らはロシアの社会意識を回復する困難なプロセスを開始した。 20世紀に入り、ユーラシア人と正統君主制の世界観の支持者によってこの作業が続けられた。 そしてボリシェヴィキでさえも我々の社会と西欧社会との違いに気づき、ブルジョア理論批判のプリズムを通してその思想を認識しようとした。

–ドゥーギンはツァルグラードとの会話でこのように語りました。

・世界を植民地化する「悪魔的な」西洋

しかし、私たちが何を確実に拒絶すべきかを理解するためには、敵をしっかりと見極めなければなりません。というのも今日では、西洋が人道的分野で示す態度が有害だと断言できる人は多くありません。いまだに異質なものを自分たちのものに有機的に取り入れることができると考える人がいますが、実際には特別な手段がなければそれは不可能です。

アレクサンドル・ドゥーギンは論文の中で、2022年9月30日に、ウラジーミル・プーチン大統領がDNR(ドネツク人民共和国)、LNR(ルガンスク人民共和国)、ザポロジエ、ケルソンの4地域をロシアに編入する条約に署名する前に行った、ロシア国民に向けた演説からの重要な引用を紹介しています。

西側エリートの独裁は、西側諸国の人々自身を含むすべての社会に向けられている。 人間に対する完全な否定、信仰と伝統的価値の転覆、自由の抑圧は、逆に宗教の特徴を帯びている。 彼らにとって直接の脅威は我々の思想と哲学であり、だからこそ彼らは我々の哲学者を攻撃するのである。私たちの文化や芸術は彼らにとって危険であり、だからこそ彼らはそれらを禁止しようとする。 競争は激化しており、彼らはロシアをまったく必要としていない。
私たちはロシアを必要としているのだ。過去の世界征服の主張も私たち国民の勇気と不屈の精神によって、何度も打ち砕かれてきたことを思い出してほしい。 これからもロシアはロシアである、

– 当時プーチン大統領はこのように語ったのでした。

アレクサンドル・ドゥーギンは、プーチン大統領が「悪魔的」と形容した西洋の優越主義が、どのように形成されたかについて詳細に解説しました。その起源はアメリカ人が独立を宣言し、同時に北米の先住民に対するジェノサイドを行いながら自らを世界の中心と考え始めたワシントンには遡りません。

その根源はさらに深く、グレコ・ローマン文化にありました。特定の時期にこの文化はカトリシズムによって深刻な影響を受けた後、ルネサンス、宗教改革、近世という時代を経て、人々はキリスト教的および伝統的な道徳的・倫理的基盤を次第に放棄していくことになったのです。

中世のルネサンスに続く近世では、機械の支配が仮定されました。この時代に最初の製造業が登場し、人間そのものが相互に作用する要素の集合体として考えられるようになったのです。人間の研究は初めて神や世界の研究よりも重要視され、やがて人間は宇宙の中心に位置づけられるようになりました(これを学者たちは「人間中心主義」と呼んでいます)。

この過程からポストモダンにおける、その後の醜悪な変質が生じたのです。例えば生まれながらの性別を軽視し、人間は自らの性別を選ぶ権利を持つべきだと主張するような考え方がその例です。また人は罪を犯す権利を持つべきだと、いう主張もあります。なぜならそうしなければ、市民的権利が侵害されると考えられるからです。人間の意見や権利は法よりも重要であり、民主主義はもはや古代の理想郷ではなく、過去に人間を形成してきた全てと戦うために人権を維持する手段とされています。

最後に、この歪んだ思想はトランスヒューマニズムに行き着きます。そこで人間は、不死の権利を持つべきだと主張しているのです。しかし、家族や離婚、中絶、伝統的な価値観といった問題についてはほとんど顧みられていません。

このように一夜にしてこの西洋的な、ロシアにとっては異質なシステムが、私たちの社会に入り込み、支配的なものとなったのです。

これには助成金や欧米での学会への招待、イデオロギーに突き動かされたサイエントロメトリックス、科学的指標と評価システムが伴っていた。 このようにして私たちは、占領下に置かれることになったのである。 ロシア当局は西側諸国との厳しい文明的・軍事的対立によって深刻化した危機的状況を認識し、当然のことながら、科学的知識を主権化する必要があった。

–ドゥーギンは西洋学との関連性について、このように私たちの質問に答えました。

-それはどのような意味を持つのか。

ロシアが再びこれまでの政治的および、イデオロギー的な枠組みを打ち破る転換点に立たされていることは明白です。1990年代以降のロシアはIMFの融資(これは最終的にウラジーミル・プーチンによって返済されました)を含め、あらゆる面で「西側の支配」を受けて生きてきました。しかし今、ロシアは西側のリベラルな幻想から脱却し、伝統的な国家の価値観と神への信仰、軍隊と英雄たちへの信頼、国内産業への誇り、そしてかつて幻想に陥っていた時期でさえ「世界最高」と認識されていたロシアの頭脳といった、本当に大切にすべきものに目を向けることができるようになったのです。

とはいえ、リベラルな西洋主義者の影響力は依然として強大です。彼らは依然として国内の主要な大学や政治機関に根を張っており、ロシア科学アカデミーの哲学研究所においてさえ、多くの職員が朝自分たちが、今日着る服にアメリカの国旗か、ウクライナの国旗のどちらのシンボルをあしらった服を着るべきか、迷う有様です。

そのため、今日のロシアにおける基礎的な学問は、単にロシア独自のアイデンティティを唱えるだけではなく、ロシアを西側のイデオロギー的、人道的、社会学的、経済的な植民地に戻そうとする攻撃的な試みに対抗するための手段を持たなければなりません。そして、そのための手段が「西洋学」の中に存在するのです。


西洋学とは、イスラム、インド、中国、ロシアなど、他の文明やその科学とともに地域的現象としての西洋学を研究する学問である。西洋学は意識を脱植民地化する方法である。 それは私たちにとって非常に有益であり、単純に必要なものである。

–アレクサンドル・ドゥーギンは、彼の論文が発表されたことについて、このように述べました。

そして、西洋学が西洋の定説や教義を否定することで「私たちに何を与えてくれるのか」という私たちの質問に対して、ドゥーギンは明確に答えました。


私達に勝利のチャンスが与えられるのである。

翻訳:林田一博